生誕100年記念小林多喜二国際シンポジウムPartII 開催報告

?? 小林多喜二(1903−33)の生誕100年を期して「小林多喜二国際シンポジウムPart2」を2004年、8月28、29日の両日、東京・新橋ヤクルトホールで開催した(主催 白樺文学館多喜二ライブラリー)。
   参加者は、米国、中国、ロシア、韓国、ドイツからのオブザーバーを含め初日360名、2日目350名、両日の合計で700名を超えた。※両日とも、発表は全て日本語。

講演者が一堂に会したパネルディスカッション
パネルディスカッションの模様
「いまの日本の大学でこのように着実な多喜二研究が行われているところがあるだろうか。多喜二はもういまの日本とでは何の関係もないとして忘却のなかに消し去られようとしているときに、アメリカでは多喜二の作品の翻訳の努力が組織的におこなわれ、そのなかで、若い研究者がアメリカの現実とかかわらせながら、これほどの成果をあげていることに感動した。」(伊豆利彦氏)などの声が寄せられた。


今回のシンポジウムは、昨年、「多喜二文学は語りつくされたか?!」をテーマに、多喜二文学の日本近代文学史での役割を志賀直哉、芥川龍之介らとのかかわりで位置付けて成果を上げたPartT(2003年11月30日、東京・築地、朝日多目的ホール)に続く"PartU"。
今回は、「多喜二文学、時代を超えて いま世界にいきる」をテーマに、小林多喜二の文学が、ソ連邦の崩壊に示される社会主義体制の弱化、イラク戦争下の文学状況をふまえて世界の文学の流れの中で光を当てることを目指し、プロレタリア作家としての前半期、具体的にいえば「一九二八年三月十五日」から「工場細胞」にかけての時期にテーマをしぼった。コーディネートをお願いした島村輝、ノーマ・フィールド両氏の2件の「基調講演」、各作品の「作品論」4件、「総論」2件、計8件の発表から構成し、(プロレタリア文学)と〈モダニズム〉、(プロレタリア文学)と〈資本主義〉の切り口から、いま多喜二の文学を世界にどう生きているかを論じることを目的とした。


◇ 初日の8月28日(土)は、13:00に開演。
佐野力・白樺文学館多喜二ライブラリー館長の主催者あいさつ、秋山義昭(小樽商科大学学長)、呂元明(中国・中日韓文化研究所所長)両氏の来賓挨拶で始まり、キム・レーホ氏(ロシア:ロシア科学アカデミー世界文学研究所主席研究員)、ラムゼス氏(ロシア・現代日本研究所長)、ジョン・ダワー氏(アメリカ・マサチューセッツ工科大学教授)、フランク・モトフジ氏(アメリカ・カリフォルニア大学バークレー校名誉教授)からのメッセージを紹介した。

ひき続き、今回のシンポジウムにオブザーバー参加の、ヒラリア・ゴスマン氏(ドイツ・トリア大学教授)、ジェリコ・ツィプリス氏(アメリカ・パシフィック大学助教授)、セイジ・ミズタ・リピット氏(アメリカ・UCLA助教授)、ジョセフ・エサティエ(アメリカ・UCLA、長野県短期大学講師)、サミュエル・ペリー氏(シカゴ大学から現在、北海道大学にフルブライト留学中)、秦剛氏(中国・北京外国語大学 北京・日本学研究センター助教授)の3ヶ国、6名の研究者を紹介した。

◇初日のメーン企画の基調講演は、▼島村輝氏(女子美術大学教授)ノーマ・フィールド氏(米国シカゴ大学教授)の2件。

島村輝氏
島村輝氏
?? 島村輝氏は、「時代を撃つことば・世界を織ることば――多喜二の描いた〈資本主義〉」を演題に、小林多喜二の生誕100年・没後70周年を迎えた2003年に日本と世界の社会が直面している問題を明らかにし、(1)資本主義的なシステムの下での「文学」という制度(流通・検閲など)の発達、(2)普通選挙法の実施と治安維持法の改「悪」、そとて「金とことば」をめぐる問題がはっきりと浮上してきた時代であり、(3)それはまた、〈資本主義〉の発展が十五年戦争を生み、ファシズム体制の構築に到る社会だったこと。そして、プロレタリア文学者としての多喜二の前半期の諸作にもとづいて、

T――身体にせまる暴力を表現することば――「一九二八年三月十五日」
U――搾取の仕組みを明るみに出すことば――「蟹工船」
V――モダン化する農村を組み換えることば――「不在地主」
W――機械化と産業の合理化をめぐることば――「工場細胞」

と小林多喜二の作品を位置づけし、多喜二がどのような「ことば」によって、資本主義体制の日本社会が持っている問題を解明し、〈資本主義〉の時代の世界共通の遺産として、小林多喜二文学研究の進展をいま、日本と世界の状況こそが強く求めていることを鮮明にした。

ノーマ・フィールド氏
ノーマ・フィールド氏
? ノーマ・フィールド氏は、今回のシンポジウムのテーマにふれ「世界に生きる」ということは、自然に生きる、自動的に読み継がれるということを意味しない、「世界に生かす」ということが必要だと前置きし、「リチャード・ライトと小林多喜二を繋ぐもの」のタイトルで、アメリカの代表的黒人作家リチャード・ライト(1908〜60)が、『蟹工船』の1933年の英語訳The Cannery Boat by Takiji Kobayashiを出版したニューヨークのインターナショナル出版社と密接な関係にあることに着目し、同社は1924年に二人の共産主義者によりニューヨークで設立された出版社で、マルクス・エンゲルスの古典やレーニン、スターリンの著作他アメリカの急進派の作品を多く紹介していて、当時出版業の中堅層からも評価されていたことを紹介。同社の活動空間にライトと多喜二の作品が共存していたことは、2人が資本主義の支配とそれに立ち向かおうとする世界的運動を端的に物語っていることを明らかにした。

  また、ライトも多喜二も幼くして貧困を知り、周縁と大都会の双方を文学の素材として保持したことを指摘し、多喜二の「一九二八年三月十五日」が描き出す人間関係と全体の緊迫感はライトの"Bright and Morning Star"という1938年の短編を想起させること、その背景は南部の小作農争議で、黒人が白人を同志として信用できるか、また母親がただ一人残された息子を運動に捧げることができるか、という切実な課題を扱っていることなど、具体的な作品の分析をとおしてこの世界史的モメントに光を当てた。
  とくに、二人の作家が描いた、読者にとって直視しがたい描写を文学として繰り広げることは世界にどういう意味を持つかを、黒人問題との関連、イラクのアブグレイブその他での拷問をとりあげて、その受難の言語化とは、思想・政治、または美学の上からも重要な意味を持つものだと述べ、会場の共感を呼んだ。
  両氏の講演後、島村輝氏とノーマ・フィールド氏の対論、会場とのディスカッションが行われた。


2日目の8月29日(日)は定刻の10:00に開演。

  <総論>として、「改革・解放」の市場経済政策を導入した中国で小林多喜二の文学がどのように読まれてきたか、そしてこれからどう読むかを、▼張如意氏(中国:河北大学外国語学院副院長)「中国における小林多喜二文学の再認識」、20世紀初頭のロシア革命で世界を震撼させ、その世紀末に崩壊した「ソ連」崩壊前後に小林多喜二の文学がどう読まれてきたのか、そして今ロシアから日本現代文学にロシアの読者はどのような関心を寄せているのかを、▼ガリーナ・ドゥートキナ氏(ロシア:作家、ジャーナリスト)「小林多喜二の犠牲の意義―20〜21世紀のロシア文化のコンテクストでの小林多喜二の人生と死―」が報告。

  <作品論>として、▼ジャスティン・ジェスティー氏(米国:シカゴ大学大学院生)が、「シカゴ大学での『一九二八年三月十五日』翻訳作業の意義」▼朴眞秀氏(韓国:キョンウォン大学助教授)が、「いま『蟹工船』を韓国で読む―グローバリゼーションを越えて―」▼王成氏(中国:首都師範大学外語学院副教授、北京日本学研究センター客員教授)が、「多喜二における農民・農村と資本主義―『不在地主』をてがかりに」▼ヘザー・ボウェン・ストライク氏(米国:シカゴ大学ポストドクトリアル)が、「男同士:『工場細胞』における男と男の関係の意味」“Between Men: the Intimacy of Male-Male Comraderie in Kojo saibo”と20代から50代の研究者が4件を発表。 それぞれの国が直面している問題を、多喜二の文学を主軸に報告した。


しみじみとした語りを聞かせる上野氏
しみじみとした語りを聞かせる上野氏
? また、午後には▼上野日呂登氏(演劇『小林多喜二―早春の賦―』で多喜二役を主演)を中心として劇団民芸所属の4名による朗読劇が行われた。朗読作品は、多喜二23歳の「万歳々々」(「原始林」昭和2年(1927) 4月)。

  朗読劇に続いて、ノンフィクション作家・澤地久枝氏による「小林多喜二と”昭和史のおんな”」と題した特別講演を行った。
澤地久枝氏は、田口タキ、森熊ふじ子(旧姓伊藤)の半生を取材し、「小林多喜二への愛」(『完本昭和史のおんなたち』)でふじ子、「多喜二忌の女(ひと)」(『別れの余韻』文春文庫)、「凛乎として―タキとO女」(『わが人生の案内人』文春新書)などで、母・小林セキ、村山籌子たちのいきざまにも触れ、愛惜をこめて語った。
心臓病をおして、熱弁する澤地さん
心臓病をおして、熱弁する澤地さん
澤地久枝氏は、平和への願いを大事にした人間多喜二を、英雄視して遠い存在とすることなく語ることが重要だと結び、参加者の心を動かした。


  展示コーナーには、多喜二の「不在地主」原稿、『中央公論』編集長(当時)・雨宮庸蔵宛書簡の「肉筆で読む多喜二」、海外で翻訳された「蟹工船」の実物展示などの「海をわたった多喜二の文学」、「多喜二の歩みと風景」「演劇・映画になった多喜二の文学」コーナー、昨年漫画家協会賞特別賞受賞記念の「森熊猛作品展」など、約100点を出品した。


森熊猛氏の『マンガ100年 見て聞いて』に見入る澤地さん
森熊猛氏の『マンガ100年 見て聞いて』に見入る澤地さん
? 文藝評論家のMさんは、期待していた以上の、感動と刺激をあたえられました。多喜二文学の世界的な普遍性が、一世紀近い歳月をついやして真に証明された記念すべき瞬間だったと思います。興奮まださめやらぬ思いです。おそらく、このたびのシンポジウム参加者のすべてが、さまざまに自身のなかにおいた呪縛から解き放たれたと感じたのではないでしょうか。私たちは、思えば、どこかで多喜二を語ることを自己規制していたようです。とるに足りない萎縮。日本的な現実に負けていたのではないでしょうか。ふきとばしてくれたのは、皮肉にも、海外の研究者たちでした。かれらの肉声と情熱の姿を一同に集めてくださった、白樺文学館・多喜二ライブラリーは真に賞賛されるべきはずです。多喜二が生きていたら、満100歳の夏。実に驚くべきことが起きましたね。

  Nさんは、雨にもかかわらず会場はいっぱいで、熱意と関心を持った聴衆の姿や、また小樽商大出身の若者達の活動も目にし、とても新鮮な感動をおぼえました。文学を、創り出すことはもちろん、享受者として読むことも本来とても地味で、根気のいる作業ですが、それを何度も何度も繰り返し、長い時間を経て、初めて強靱な知性が自分のものになるのではないか・・・・・と最近改めて思っております。今回のシンポジウムが、この先きっとそうした知性を育む力になることと確信しています。 とメールを寄せた。
※同シンポジウムの全記録は、来春刊行される予定。 

このシンポジウムは、小樽商科大学卒の若手ボランティアを中心に運営されました。
また、114名の方から54万円もの募金をいただきました事も併せてご報告いたします。

白樺文学館多喜二ライブラリー
学芸員 佐藤三郎



[2004/09/03]
白樺文学館 - 小林多喜二の書簡 常時展示中

時代を撃て・多喜二