ライデン大学「プロレタリア文化と抵抗運動」研究会レポート

ライデン大学の「プロレタリア文化と抵抗運動」研究会に出席して
白樺文学館 松浦英雄

2006年11月3日、オランダ・ライデン大学で「戦前の東アジアにおける“プロレタリア文化”と抵抗運動」と題する研究会が開催されました。当館学芸員佐藤三郎氏とともに、聴衆の一人として出席しました。昨今の日本では珍しいと思われるテーマの議論でしたので、以下に概要をご報告します。

研究発表会実施までの経緯

ライデン大学は1575年設立。オランダ最古の大学で、江戸時代の日本に近代西洋医学を伝えたシーボルトが帰国後教鞭を取った大学でもあります。1855年にはすでに日本学科が設けられており、東アジア研究では欧州随一の研究実績と陣容を誇る大学として学会で評価されているとのことです。

この東アジア研究部門で2005年中ごろ、博士課程を修了した研究者の一人が「プロレタリア文化って何だろう?」との問題提起を致しました。しかし説得力のある説明が必ずしもなされなかったので、検討結果、上記のごとき主題での研究発表会開催を決定しました。この主題のもとで、細部の題名および内容は発表者の自由にし、可能な限り視覚に訴える方法を用いての議論展開を条件に、大学のホームページで発表者の公募をしました。

当日の研究発表会の運営方法

発表会参加者は合計33人。内訳は、発表者8人、コメンテーター4人、総合司会1人、聴衆20人。発表は一人当たり30分。二人の発表が終わるごとに、コメンテーター(ライデン大学の東アジア部門教授、博士課程終了専門家など)が30分の持ち時間で各発表に対する自分の意見を提示し、発表者と質疑応答。司会は参加者全員からも質問を募ります。後、15分のコーヒーブレイク。この繰り返しで、朝8時45分から始まった研究会が終わったのは夕刻5時半でした。

感想

発表内容の基本部分のごく一部を最後に記しておきましたが、大変多様性に富んだものでした。私たちの多くは内外のプロレタリア文化現象をよく学んでおらず、今の日本でプロレタリア文化について深く研究している人はごく少数ではないでしょうか。今回の研究会に出席して、遠く離れた東アジア各国の、しかも戦前の歴史を複合的かつ細部にわたって研究している人々が欧州におられるのを知って大いに驚きました。日本人唯一の発表者島村輝・女子美大教授は研究会終了後、「異なった文脈で研究されてきた欧州・アメリカ・日本の1920〜30年代文化が、共通の場で議論できるようになってきたことの意義は大きい。とくに「プロレタリア文化」という言葉が世界共通になっていることは、新たに認識すべき」と語っておられました。

日本プロレタリア文化の主要な一角を占める「小林多喜二文学」については、2003、04の両年当白樺文学館が国際シンポジウムを東京で主催しましたし、2005年には中国で河北大学がシンポジウムを開催しております。今回ライデン大学で発表した方々の幾人かは、今後ともプロレタリア文化について研究を続けたい、と強い意向を述べておられました。その成果について、欧米日アジア各国の研究者があらためてシンポジウムなどの場で発表すれば、新鮮な発見の共有とさらなる研究テーマの開拓を期待できると考えております。

発表者と題名と主張の要点(一部のみ)

  • トニー スイフト博士(英国エセックス大学)
    「1905−1921の期間、ロシアにおける“プロレタリア文化”の実際」
    革命前の労働者たちにとって“プロレタリア文化”とは完全に新しい文化の創造を意味するものではなく、既存の文化を広めることであった。 文化活動に積極的に参加できたが、明確なプロレタリア芸術は発達しなかった。
  • オリヴァー ムーア博士(オランダ・ライデン大学)
    「中国におけるプロレタリア革命のイメージ」
    イデオロギー媒体としての写真技術がどの程度まで社会と文化に関する種々の動向と歩調をあわせていたかにつき、 20世紀初頭における中国での写真の果たした役割を社会学や図像学のアプローチを駆使して検討。
  • カーテイス アンダーソン ゲイル博士(ライデン大学)
    「インテリと」1912−25年の日本の“プロレタリア文化”の夜明け」
    1910年の大逆事件後、大杉栄などが急進的社会変革には文化の領域での変革が重要と説いた。この頃よりプロレタリア文化という考えが芽生え、ロシア革命・第一次大戦を経て、プロレタリア文化のイメージがマルクス主義の影響を徐々に受け始める。国際的動向を浮き彫りにしつつ、経済社会不安が労働者階級を政治抵抗運動に向かわせる触媒となった推移を見る。
  • 高榮蘭博士(日本大学)
    「日本植民地下の朝鮮におけるプロレタリア文化とナショナリズム」
    1925年から10年間、代表的新聞の朝鮮日報他一紙に載ったマルクス主義出版物の広告と写真に焦点をあてる。同出版物のほとんどが逮捕されたマルクス主義者の巨大な写真と同じページに掲載されていた事実を見る。
  • ステーヴ スミス博士(エセックス大学)
    「1920年代、1930年代の上海における共産主義者、労働者および大衆文化」
    労働者は中国伝統の娯楽に加え、1914年、17年に新設の“モダン”娯楽施設で余暇をいかに過ごしたか、特別の楽しみ方を生み出したのかを見る。上海は圧倒的に農民の都市であり、住民は田舎から文化行動基準のすべてを持ち込んだが、都市環境に驚くほど柔軟に対応できた。
  • 島村輝教授(女子美術大学、日本)
    「日本のプロレタリア文化運動とガリ版」
    ガリ版は1920年代に生まれた安価で使用の容易な印刷道具であった。日本で最有力のプロレタリア文化運動グループの公式雑誌「戦旗」にも林房雄の小説のなかで使用方法につき述べている。ガリ版の使用がプロレタリア文化運動のみならず、文化運動全般でいかに重要であったかを論ずる。
  • フランチェスカ ダル ラーゴ博士(ライデン大学)
    「ナショナリスト中国におけるマルクス主義文学理論と文化的生産:1930年代の大衆化と新木版画運動に関する上海論争」
    戦前の上海で新しい形の文化に対して初期マルクス主義理論が与えた影響を論ずる。知識人たちは人々を結集することに直接関与する努力をしていた。たとえば人々の社会的責任感をより深く刺激する目的で小説家魯迅は新木版画運動を推進し、かつ日本の創作版画グループと密接に結びついた。
  • ヘザー ボウエン-スツリューク博士(米国在野研究者)
    「“健康がわが資本”:日本人労働者の肉体像」
    マルクスはプロレタリアとは自分の労働力以外に売るものを持たぬ人々と定義した。しかしいかに強靭な肉体をもつ労働者でも単調な重労働を重ねれば疲弊する。政府が後援した産業福利協会(1925設立)のポスターと労働者主人公の小説の肖像画、労働者の挿絵に見る肉体像と健康を分析する。

[2006/12/18]
白樺文学館 - 小林多喜二の書簡 常時展示中

時代を撃て・多喜二