小樽商業合格者

大正五年三月二十五日 小樽新聞 朝刊第三面

(記事本文と画像)

●小樽商業学校合格者  庁立小樽商業学校予科第一学年に今回入学許可されたるは左記百名なり。

足立登、?田善重、石本武明、長野金之助、兼俊繁夫、田中?代次、中原義雄、高木新雄、増野久義、高橋三郎、長原七郎、中島正雄、久末彌一、深谷慶義、後 藤儀助、川人為雄、千代伊助、前芝伊直、石ヶ守貞三郎、阪木清、若林三四二、稲見賢二郎、八反田善吉、大道寺正雄、高橋重雄、川合幸次、小林多喜二、片桐 省吾、印藤善幸、木間?、北川與二、野田利貞、杉浦光雄、川又平吉、小泉吉次、田中道彌、清水恒男、石黒鶴治、栗林貫三、阿倍?作、本間清、笠島貞雄、谷 口純榮、天川総太郎、大村光男、河村?三、宮野彦市、札場喜代浩、中野武治、中山肇、土田正五郎、菊池??、池上?吉、原?光、佐藤正敏、青木正雄、安田 秀、河崎八郎、橋本泰治、斎藤正七、斎藤次郎、出嶋忠也、泉忠三、中野享、永岡一郎、小林孝司、岩倉英三、渡辺善之助、那須文昧、田中正男、岡廣、安宅文 雄、吉田文吉、端健之助、柳館二郎、今村恒二、柿澤清平、濱田清治、梶野哲三、小川傳松、工藤喜代治、小林榮一、山田?、鎌足清、西村福治、東谷茂、平村 上亀吉、片岡亮一、高橋寛一、小熊直吉、片桐寛一郎、河合繁哉、張江幸一、山田圭介、上林幸一、中政雄、富安貫一、榊原關蔵、大塚兵吉、野村新次郎

(※ 以上、新聞紙面に表示された文字より判読したものです。判読不明な文字は?としてあります)

大正五年三月二十五日小樽新聞三面

庁立小樽商業学校の合格者掲載記事です。
この頃の小樽は商都、港湾都市として発展途上にありました。商業学校の設立が待望されていたなか、庁立小樽商業学校は大正二年に五年制甲種商業学校として 創立されました。
小樽にはもう一つ”私立小樽商業学校”があり、区別するために”庁商”と呼ばれていました。(私立小樽商業学校は、大正四年二月に”私立北海商業学校”と 改称しており、多喜二が入学した時には”小樽商業学校”は”庁商”しかなかった事になります)

(※ 画像は、国立国会図書館所蔵のマイクロフィルムより複写、引用)
白樺文学館 - 小林多喜二の書簡 常時展示中

時代を撃て・多喜二