月曜文藝 十三の南京玉(下)―あぐらをかいての話―

昭和二年五月三十日 小樽新聞朝刊第五面

(記事本文と画像)
○の六
 ある発展段階のうちの一つの段階の姿を持ってきて、それを固定的、普遍的真理の形にしてしまう。これがブルジョワ意識にあてはめる場合なら文句はない が、現下プロレタリア芸術に就いても云えるのだから面白い。
 プロレタリア文学は宣伝手段でなければならない、というなどこれだろう。勿論社会変革の瞬間はそうなるのだが。震災当時芸術無用論が称えられた。が、あ の瞬間芸術などの騒ぎでは勿論ない、
米の飯だって不必要だったのだ。ただ水があったらよかったのだ。当然米不必要論も出なければならなかった。そしてただ「人生にとって水が一番必要だ、水以 外無用だ」と云わなければならなかったのだが、若しそう云ったら、正気かなどと云われたに違いない。
 弁証法的でない事おびただしい。

〇の七
 歴史的発展必然の車を横から押す人にこんなのがある。――
「俺は偉大な才能のある芸術家だ。俺は一生懸命その製作に没頭する、だから農民や労働者は自分の生活を支えてくれるために働かねばならないのだ。」
 もう一つこんな人もいる――幻の階級をよじ上る人――
「俺は今こそ貧乏なために苦しんでいる。が勤倹節約して、出世をしてだまっていても楽が出来るようになろう。」

○の八
 此頃になって、ストリンドベルクの経済思想、社会思想及びそれを貫いている方法(メトーデ)が実にたわいもない反動的なものであることが分りかけて来 た。
 プレハーノフの所謂芸術に於ける「客観的尺度――形式と観念の合致」から見て、自分があれ程崇拝し研究したストリンドベルクの偶像が自分の眼の前でガタ ガタと崩壊してゆく気がする。――

自分はストリンドベルクが使った言葉をそのままに「では他の峰に移って行く」時であると思う。

〇の九
 ドストエフスキーは皇帝と長老を尊敬した。そして西欧の急進思想を嫌って、ロシアにだけはそ
んな不祥事は今後絶対にないであろうと「予言」した。だから今自分は盛大だったドストエフスキ
ーの葬式を思い出すのである。これも亦面白いことではないだろうか。

〇の十
 イプセンは「民衆の敵」のストックマンをして、「世界で一番強いのはただ一人立つ人間である。」
と云わせている。然しどうもその時代のイプセンは責められないかも知れない。が、今更これを
「警句だ!」なんて感心するものこそ責められるべきである。

○の十一
 レエニン夫人によってロシアの図書館から解放されたトルストイは、世の中に出て来てみると、
日本の浦島ではないが、何時の間にかドン・キホーテになっていた。
 これも面白い事である。

○の十二
 自分は大西猪之介先生の著書はちっとも読んでいない。然し「囚われたる経済学」の最初の一(経済学は囚われたり……その名の如何にともあれ、赫として燃 上る赤き思想(sollen)の炎がたかるべき現実(sein)の青き色を焼きつくさんとするに於ては一つなり。故に曰く経済学は囚れたり、と。)を読ん でみると、矢張りなあと思われる。才人であるか、天才であるか知らないが在来の形骸と認識不足とがあわれにも暴露されているではないか、と思われる。又 「経済大辞書」の中で「人口」の条下にも「科学と予言と政策」を区分するの浅薄さを示している。こゝに於て物的弁証法はその偉力を発揮しなければならな い。

○の十三

 5人+7冊=……とやったら笑うかも知れないが、これと同じ唯物史観がそのまま芸術論に置きかえられている愚な議論がプロレタリア文学の陣営内で行われ ている。唯物的弁証法を聞きかじったからって、単純に芸術のことは分りッこのないものだ。足が地を浮いている夢殿的芸術については論外だが……。
 あまり長くなるので此辺でひょいと切って置く。

昭和二年五月三十日小樽新聞第五面


(※ 画像は、国立国会図書館所蔵のマイクロフィルムより複写、引用)

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時代を撃て・多喜二