東京編−杉並

多喜二は昭和5年3月に上京し中野区上町に下宿しますが、翌年1月には杉並区成宗(現杉並区成田東)に下宿を移します。7月には杉並区馬橋に移り小樽にいる母親と既に上京している弟を呼び寄せ3人で暮らし始めます。
中央線に沿った高円寺〜荻窪界隈には多くの文士が住んでおり、阿佐ヶ谷駅の北側にあった中華料理店「ピノチオ」は文士の溜り場でした。多喜二は立野信之に連れられてよく来ており、井伏鱒二らがその時の印象を自らの著書に書き記しています。

地図内の 部分をクリックするとその箇所の簡単な説明を表示します。


多喜二最後の住居 多喜二2番目の住居 立野信之邸跡(検挙地)
白樺文学館 - 小林多喜二の書簡 常時展示中

時代を撃て・多喜二